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主日礼拝説教「主の恵みを告げる」 日本基督教団藤沢教会 2007年1月21日 15幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。16いつもこのようであって、雲は幕屋を覆い、夜は燃える火のように見えた。17この雲が天幕を離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は旅立ち、雲が一つの場所にとどまると、そこに宿営した。18イスラエルの人々は主の命令によって旅立ち、主の命令によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。19雲が長い日数、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主の言いつけを守り、旅立つことをしなかった。20雲が幕屋の上にわずかな日数しかとどまらないこともあったが、そのときも彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。21雲が夕方から朝までしかとどまらず、朝になって、雲が昇ると、彼らは旅立った。昼であれ、夜であれ、雲が昇れば、彼らは旅立った。22二日でも、一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にとどまり続ける間、イスラエルの人々はそこにとどまり、旅立つことをしなかった。そして雲が昇れば、彼らは旅立った。23彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通してなされた主の命令に従い、主の言いつけを守った。
(民数記 9章15~23節) 16イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。17預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。 18「主の霊がわたしの上におられる。 貧しい人に福音を告げ知らせるために、 主がわたしに油を注がれたからである。 主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、 目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、 19主の恵みの年を告げるためである。」 20イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。22皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。「この人はヨセフの子ではないか。」23イエスは言われた。「きっと、あなたがたは、『医者よ、自分自身を治せ』ということわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。」24そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。25確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、26エリヤはその中のだれのもとにも遣わされないで、シドン地方のサレプタのやもめのもとにだけ遣わされた。27また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」28これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、29総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。30しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。 (ルカによる福音書 4章16~30節) 神の言葉を聞く会衆 教会が執り行う葬儀は伝道の機会だ、などと言われることがあります。確かに、葬儀には多くの未信者の方々が参列されます。有名な説教者を招いて特別伝道礼拝を企画しても、どんなに宣伝しても、未信者の来会者は数えるほど、という時代に、葬儀には教会が宣伝をしなくても多くの未信者が参列されるのだから、教会にとっては絶好の伝道の機会だ、というわけです。 けれども、自分からキリスト教の信仰を求めて来られたわけでもない人たちに、伝道などということが可能なのでしょうか。牧師として葬儀を司式するとき、特に未信者の参列者が多い葬儀に際して、私は、大変な難しさを感じないではいられないことが少なくありません。讃美歌を歌ってもらえるだろうか、というようなこともあります。しかし、それよりも本質的なことには、礼拝として執り行われる葬儀を司式者と共に担ってくれる会衆が少ないとき、牧師は、葬儀の司式に困難を覚えるのです。教会の礼拝には、様々な形で神の言葉に「アーメン」と応えながら、司会者や説教者、奏楽者と共に礼拝を担ってくださる会衆の皆さんが、いらっしゃいます。大きな声で讃美歌を歌うことによって神の言葉に「アーメン」と応えてくれる会衆、祈りの言葉に続いて、明確な声で「アーメン」と応えてくれる会衆、聖書朗読や説教に対して、声に出さずとも「アーメン」と応えてくれる会衆。そのような会衆がなければ、礼拝や葬儀を司式する者の努力は、虚しいのです。ですから、教会員ではない方の葬儀を頼まれて引き受け、信者が誰もいないような葬儀を司式しなければならないときなどには、私は、正直に申し上げれば、苦痛と思えるほどの困難を感じないではいられません。 私は、教会の責任で葬儀を執り行うときには、教会員の皆さんには、亡くなられた方と特別親しくされていなくても、あるいは全く知らない方であっても、できるだけ参列していただきたいと願っています。日曜日の礼拝と同様、会衆として葬儀礼拝を司式者と共に担っていただきたいからです。そのような会衆として葬儀に参列してくださる方がなければ、牧師の司式する葬儀は、ただキリスト教スタイルの葬儀というだけのものになってしまうからです。 しかしまた、未信者の方の参列の多い葬儀は、牧師にとって多くのことを考え、学ばせられる機会であるということも、確かなことです。葬儀で説教を語るとき、私は、「この中の多くの方は、今日初めてキリスト教に触れたかもしれないけれども、いったい何を説教から聴き取ろうとしていらっしゃるのだろう」と考えないわけにはいきません。説教が語り始められたとき、信者でない参列者は、何を期待していられるのでしょうか。故人の経歴を聴き、事実刻んできた人生を知ることでしょうか。キリスト教の教理、特に死生観について知ることでしょうか。それとも、もっと別のことでしょうか。残念ながら、期待していたことと違うことが説教で展開されて、がっかりしていたり、戸惑っていたり、あるいは憤慨していたりする参列者が、ときにはあるのです。しかし、本当にそこから考えさせられることは、教会の主日礼拝でも、表面には現れにくいとしても、同じようなことがあるのではないか、ということなのです。 歓迎と拒絶 ルカ福音書4章に、主イエスが、ある安息日に会堂で礼拝をなさった様子が伝えられています。聖書朗読の奉仕、さらに説教の奉仕をもなさった出来事です。 主イエスは、生まれ育った故郷のナザレに帰られて、「いつものとおり安息日に会堂に入」(ルカ4:16)られます。そして、会堂に入られた主イエスは、おそらく係の者に指名されたのでしょう、「聖書を朗読しようとしてお立ちになった」(4:16)のでした。会堂では、聖書朗読や説教の奉仕は、会堂に集う成人男子のユダヤ人なら、だれでも指名されることがあったようです。主イエスは、もちろん、少年時代からこの会堂で礼拝を守って過ごしてきたでしょうから、もしかすると、すでに何度か、聖書の朗読をする機会があったかもしれません。けれども、主は、このとき、すでに、故郷ナザレを離れて洗礼者ヨハネから洗礼を受け、神の国の伝道を始められ、各地の会堂で教え、その評判は知れ渡り、皆から尊敬さえされるようになっていました(14~15節)。その主イエスが、故郷に帰ってきて、昔なじみの人々と共に会堂で礼拝を守ったのです。ナザレの人々は、その主イエスに、一種独特の期待を持って、共に礼拝を守ったのではないでしょうか。「あの、ヨセフの子のイエスが、町を出て、あの評判のヨハネのところに行っていると思ったら、あちらでもこちらでも、評判になっているようじゃないか。会堂で教えて、尊敬されているみたいじゃないか。」そのような町の人々の期待を受けて、会堂の係の者は、礼拝に出席してきた主イエスに、聖書朗読と説教の奉仕を当てたのかもしれません。聖書朗読を終えられた主イエスが説教するために「席に座られ」(20節)ると、「会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれ」(20節)たというのです。皆、説教を語る主イエスに注目し、期待を込めた緊張が広がったのでした。 「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」(21節)、と語り始めた主イエスの説教を聞いた会衆一同は皆、「イエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚い」(22節)たと、伝えられます。ところが、主イエスをほめ、歓迎するムードは、説教が進むにつれて一変します。主イエスの説教が終わるころには、一同は、歓迎どころか、はっきりと拒絶反応を示して、「皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し」(28~29節)てしまったのです。 いったい、この出来事は、何なのでしょうか。各地で説教者として評判だった主イエスが、故郷では受け入れられなかったというのです。これは、私たち教会の説教者が会衆に受け入れられないことがあるのを慰めるための逸話だとでも言うのでしょうか。しかし、不可解なのは、主イエスが自ら、人々に拒絶されるような言葉を告げていられることです。(23~24節) 歓迎されない(=好まれない、受け入れられない)ように、主イエスご自身が、人々の心の思いを引き出していられるのです。人々の、主イエスに期待する思いです。「いろいろなことを、ここでもしてくれ」という思い、あれをして欲しい、これをして欲しいという思い、ああしてくれれば受け入れよう、こうしてくれれば好ましいのに、という思いです。 私たちも皆、人に期待する様々な思いを抱きます。あれをして欲しい、これをして欲しい、ああしてくれれば受け入れよう、こうしてくれれば好ましいと、期待する思いを抱きます。教会でも、家庭でも、仕事場でも、人に期待し、主に期待し、神に期待する様々な思いを抱くのです。 しかし、主イエスは、「あなたたちの期待には応えない」と告げられるのです 《主の恵み》を告げる教会 主は、歓迎されたくなかったのでしょうか。拒絶されたかったのでしょうか。 不思議なことに、この出来事の最後に、主イエスは、怒り狂って主イエスを崖から突き落とそうとする人々の間を通り抜けて立ち去られた(30節)と物語られます。主イエスは、歓迎されることを拒まれ、拒絶されることも拒まれて、期待に思いを満ちあふれさせていた人々の間を通り抜けて行ってしまわれたのです。 主イエスとナザレの人々との関係は、不幸でした。私たちの間でも、しばしばあるような、不幸な関係が、結末でした。それでも、主イエスがナザレの町の人々に残していかれたものがあります。主の御言葉です。 「主の恵みの年を告げる」というイザヤ書の御言葉、そして、「この聖書の言葉は、あなたがたが耳にしたとき、実現した」という主の御言葉。 実は、主の恵みの年と言われる恵みという語は、「預言者は…歓迎されない」と主が言われたときの「歓迎」と訳された語と同じです。主の恵みの年とは、主が歓迎してくださるとき、主が受け入れてくださるとき、という意味です。そして、主が人を受け入れてくださるときが、今、それを聴いたあなたがたの間で実現したと、主イエスは、告げられるのです。 主が私たちを恵みをもって受け入れてくださるときに、私たちは、主を歓迎するのではなく、むしろ期待や要求を押しつけてばかりなのかも知れません。しかし、私たちが期待や要求を突きつけているとき、主は、それに応えてくださるのではなく、期待や要求の思いに縛られた私たちの間をすり抜けて行ってしまわれる。そして、なお深い恵みをもって、私たちを受け入れてくださる道を、開いてくださるのです。そのことを、主は、御言葉を残して、お約束くださっているのではないでしょうか。 教会は、神の御言葉、主の御言葉をお預かりすることが許されている群れです。私たち一人ひとりの思いは、主に対する期待や要求に縛られて、押しつぶされそうになるものであるかもしれません。けれども、私たちは、主に導かれる教会の群れとして、主が残してくださった御言葉を告げ、聞き直すのです。主の御言葉が、ここに実現することを互いに証しし合うのです。ナザレの人々にばかりでなく、私たちにも、すべての教会にも、主は御言葉を残してくださって、そうすることをお許しくださっているのです。 祈り 主なる神。主の恵みが告げられる御言葉にこそ、アーメンと応えさせてください。御言葉を実現し、主の恵みに生きる群れをここに歩ませてください。アーメン
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