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主日礼拝説教「『起きよ』と呼ぶ声」 日本基督教団藤沢教会 2008年6月22日 イスラエルよ、立ち帰れ あなたの神、主のもとへ。 あなたは咎につまずき、悪の中にいる。 誓いの言葉を携え、主に立ち帰って言え。「すべての悪を取り去り 恵みをお与えください。 この唇をもって誓ったことを果たします。アッシリアはわたしたちの救いではありません。わたしたちはもはや軍馬に乗りません。自分の手が造ったものを再びわたしたちの神とは呼びません。親を失った者はあなたにこそ憐みを見いだします。わたしは背く彼らをいやし 喜んで彼らを愛する。まことに、わたしの怒りは彼らを離れ去った。霧のようにわたしはイスラエルに臨み 彼はゆりのように花咲き レバノンの杉のように根を張る。その若枝は広がり オリーブのように美しく レバノン杉のように香る。その陰に宿る人々は再び 麦のように育ち ぶどうのように花咲く。彼はレバノンのぶどう酒のようにたたえられる。(ホセア書14章2-10節) ヤッファにタビタ―訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて二人の人を送り、「急いでわたしたちのところに来てください」と頼んだ。ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。ペトロはが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上った。ペトロは彼女に手を貸して立たせた。そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。ペトロはしばらくの間、ヤッファで革なめし職人のシモンという人の家に滞在した。(使徒言行録9章36-43節) 主イエス・キリストの使徒ペトロは、方々の教会を巡り歩く旅の途上、リダという町におりました。しかし、ヤッファという近くの町で、病気の女性が死んだという知らせを聞いて、急いで、そのヤッファに駆けつけたのです。今日の箇所の直前(使徒9:32-35)には、8年間中風を患い、床についていたアイネアという男性がペトロによっていやされる出来事がしるされています。「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった、そのような奇跡の出来事です。 一方、今日私たちに与えられた36節以降の記事は、女性の物語です。「ヤッファにタビタ―訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」と呼ばれる婦人の弟子がいた。」(36節)冒頭でそのような断りがあります。「使徒言行録」の著者であり、「ルカによる福音書」の著者であるルカが記すものを読んでまいりますと、ある一つの物語の焦点が、男性の登場人物であれば、それと対応する女性の物語が取り上げられていることが多くあります。例えば、ルカ福音書15章の<見失った羊を捜す男性>と<失くした銀貨を捜す女性>も対をなしています。<やもめの一人息子>(ルカ7:11以下)と<ヤイロの一人娘>(8:40以下)の記事・・・。実に表情豊かに、老若男女様々な人物と主イエスの物語を伝えます。主イエスの直接の弟子、「12使徒」と言われる弟子たちの中には、女性はありませんでしたが、たしかに当時から教会では女性が生き生きと奉仕を担っていました。女性が、善い行いや施しによって、信仰による生活の振る舞いによって、社会に証を立てていたということを知ることができます。タビタという女性は中でも、婦人の弟子であった、と言います。彼女は、使徒言行録において記されている弟子のうち、唯一の女性であり、36節にある「弟子」という言葉の女性形は、新約聖書において他の箇所には例がない言葉です。女性の弟子と言われる彼女が、どのような働きをなしていたか。「彼女はたくさんの善い行いと施しをしていた。」とあります。 タビタ自身、やもめであったことが考えられますが、彼女は自らの資産を用いて、ヤッファのやもめたちの必要に応じ、大変に慕われていた女性でした。その彼女が、病気となり、死んでしまったのです。人々はタビタの遺体を階上の部屋に安置し、リダに滞在中の使徒ペトロに人を送りました。「急いでわたしたちのところに来てください」と頼まれ、急いで駆けつけたペトロを、人々は階上の部屋に横たわるタビタの遺体の前に通しました。ペトロは、一人の婦人弟子タビタの遺体を前にします。 先週、私たちの教会では、私たちの敬愛する一人の姉妹を神様のみもとに送りました。その葬りを共に致しました。姉妹の地上での歩みの最後に私たちは、立ち会うことをゆるされました。故人が生きている間、共に礼拝を守ることがなかったという方であっても、あるいは教会に来て間もない方は、訃報によって初めて名を覚えたという方もあるでしょう。この共同体の中で共に悲しみ、友の悲しみに触れる経験をします。悲しみ中にあるご遺族を前に、かける言葉を失うような経験、自分には一人の人も慰める力もないという事実の前に立ち尽くす経験をいたします。 今日の聖書で語られる、タビタの死に際しても、悲しみに立ち尽くす人々がおりました。「やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。」(39節c)とあります。このタビタを紹介する文では、「彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。」とあります。彼女はやもめたちを愛し、やもめたちに奉仕するものでした。やもめや孤児は、守られるべき存在として、旧約の時代からおぼえられてきました。初期のキリスト教会でも、そのことを教会の大切な業のひとつとしておぼえていました。同じ使徒言行録の6章1節以下には、日常生活の分配のことでやもめが軽んじられていることに対して苦情が出てきたこと、その問題を使徒たちが非常に重く受け止め、大きくなっていく共同体の隅々にまで奉仕が広く行き渡るようにと、新たな奉仕者を立て、奉仕を分担し拡充させました。祈りと御言葉の奉仕に専念する者。その他、食事の世話等生活の細やかな奉仕を担当する者。そのはたらきの中に、やもめを守る大切な役割が数えられておりました。やもめが日々の分配の中で、食べ物に困ることがないようにということです。そしてその役割は「ディアコニア」といって、「奉仕」、あるいは「聖務」とも訳される言葉です。やもめへの奉仕は、それほどに重んじられていたのです。 一方、今日の箇所でタビタがなしたやもめへの奉仕は、どのように表現されているでしょうか。「善い行いや施し」と書かれています。このことについて、男性の弟子たちがやもめに配慮することは「聖務」と呼ばれるが、女性のタビタが同じ奉仕をすると「善い行い」になる、それはいかがなものかと疑問を呈するフェミニストの批評家もあります。しかし、それだけのことでしょうか。同じ奉仕が、性差別によって別々の名で呼ばれているといって非難することは、行き過ぎではないかと思います。ここで報告されている、タビタの奉仕とは具体的にはどのようなものだったでしょうか。「やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。」(39節c)タビタは、やもめたちと共に暮らしながら、彼女たちのために下着や上着を、一着や二着でない、数々の下着と上着とをこしらえて渡していたのです。幼稚園や教会学校のこどもたちを見ていると、手作りのワンピースやスカートを身に着けて来るこどもがあります。その衣服に込められたこだわりもさることながら、親の愛情というものがひしひしと伝わってきます。親御さんに会わなくとも、どんなにかこの子を愛してのことだろうと、ふと想像するようなことがあります。それは、愛情の一つの現われと言えます。聖書の時代の、裁縫の技術がどういったものであったかわかりませんが、もちろんミシンなどはないわけですから、非常に時間と労力を費やしたであろうことは想像に難くありません。とにかく、タビタはそれを、上着下着と何枚もこしらえたと言うのです。果たして、男性の弟子たちがなしてきたやもめの世話とは、そういったものも含まれたでしょうか。おそらく衣服の世話は、身体的なことも関わるものでもありますから、女性の弟子であるタビタが、配慮し、率先して奉仕していたことだったのでしょう。女性の視点で気づき、女性的な奉仕として、それを担ったのです。男性の弟子たちの「奉仕」とは区別する形で語られることも、奉仕が拡充していく中で、賜物に応じた役割分担が生まれた、そのように受け止めることができます。そのような教会の役割分担の中で、今日まで継承されてきた小さな者を大切にする愛の奉仕により、やもめは衣食住、いわば人権に関わる生活の営みが守られていたのです。察するに、このタビタという女性はまた、生活の細々とした世話の他、人格的な関係において信頼されていた、人柄もまた好感の持てる女性だったのでしょう。やもめたちは、タビタの死に際して、駆けつけたペトロのもとへ寄って来て、下着や上着を見せては、おいおい泣いていたのです。 ペトロは指示して、皆を外に出しました。そしてひざまずいて祈り、遺体に向かって「タビタ、起きなさい」と言った。これと非常に似た展開を持つ出来事が、福音書の中に記されています。「ヤイロの娘」の箇所(マルコ5:21-43; ルカ8:40-56)です。会堂長であるヤイロの娘、12歳ぐらいの幼い娘が瀕死のとき、ヤイロが主イエスのところに駆け寄り、足元にひれ伏して懇願します。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」(マルコ5:23)しかし、必死に願うヤイロのもとに、「お嬢さんは亡くなりました。」という知らせが飛び込んできます。それをそばで聞いた主イエスが、急いでヤイロの家に向かい、死んだ少女を前にして泣きわめいている人々を見て、言われました。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」そして、その言葉を信じない人々、そこにいた皆を外に出して、ただ家族だけを連れ、少女のいる部屋に行って、手を取って言った。「タリタ、クム。」「娘よ、起きなさい」という意味です。 主イエスがヤイロの娘に対してなさった、この福音書の奇跡の箇所では、ヤイロの娘自身がどんな人物であったか、詳しくは知ることができません。申すまでもなく、その出来事の中心はキリスト、焦点は主イエス・キリストにあるのです。福音書は、主イエス、そして主に出会った人々の「主イエスとわたしたちの物語」として、読んでいくことができます。しかし、今日の箇所は使徒言行録です。使徒言行録は、主イエスが天に上げられるところから始まっています。主イエスの十字架と復活、昇天の後、主の約束の聖霊が降り、教会が誕生した、そして「教会の時」、という時代が始まった、そのことを記録しているのがこの使徒言行録です。誰が、どこに行って、何をしたかが使徒の言行録として丁寧に伝えられています。しばしば、「聖霊行伝」という名で呼ばれることもある書物ですが、それは、使徒たちの上に働かれる、そしてひとり一人の使徒たちを通して働かれる聖霊の言行録なのだ、ということです。主イエス・キリストの霊である、聖霊の言行録です。ですから、ここで前面に出てくるのは、使徒たちではなく、使徒たちを通して働かれる神ご自身です。どれだけドルカスと呼ばれたタビタが芯の強い信仰者であったかというのではなく、この女性の信仰に生きた証が、彼女の病の中で、そして死の時にいよいよ鮮明にされていく様子に私たちは今日、注目しているのです。聖書では、「ペトロ、タビタを生き返らせる」という小見出しが加えられていますが、奇跡を行う人物はペトロでありながら、よみがえったタビタの方が目を引くような印象を受ける箇所です。ペトロの奇跡のはずが、ペトロの存在があまり前面に出ない。どちらがこの奇跡の主人公なのでしょうか。ペトロは、主イエスが召した12弟子の中でも、最も主イエスの近くにいた弟子のひとりでした。それで、主イエスの死後、その力を誰よりも多く引き継いだのでしょうか。そしてついに主イエスのように、死人をよみがえらせたのだと考える方は、あまり多くないと思います。しかし一方、この死んだタビタをよみがえらせるのが、誰でもよかったというわけではありません。タビタの死に、嘆き悲しむやもめたちを前にして、何もできずに立ち尽くす弟子たちがおりました。ペトロ先生を呼ばねばならない。すぐにそう判断したのでしょう。「先生、あのタビタが死にました。早く来てください。」どうか、祈ってほしい、タビタのために。そして嘆き悲しむやもめたちのために、祈り、慰めの言葉をいただきたい。葬りのためであったかもしれません。けれども、そこに駆けつけたペトロは、皆を外に出し、跪いて祈り、遺体に向かい・・・「タビタ、起きなさい」と言った。その言葉によってタビタは目を開き、ペトロを見て起き上がりました。 「タビタよ、起きなさい。」「タビタ、クム」、アラム語ではこうなります。「タリタ、クム」、この言葉を思い出しはしないでしょうか。「タリタ、クム」、「娘よ、起きなさい」という意味です。主イエスが、ヤイロの娘をよみがえらせた出来事をギリシャ語で綴っていたマルコは、その福音書の5章41節にあえて「タリタ、クム」というアラム語を残しました。マルコには、特別な言葉を、元々のアラム語の音のままで残すというこだわりがあったのです。「タリタ、クム」、「娘よ、起きない」。確かに主がお語りになったこのお言葉に、非常に近い言葉で、死んだタビタは呼びかけられるのです。 すると「彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった」(40節)とあります。「起きなさい」という声を聞いたタビタは、生き返りました。タビタが聞いた言葉は、主イエス・キリストご自身のみ声でした。そこでタビタをよみがえらせたのは、ペトロを通して働かれた、よみがえりの主イエス・キリストの霊の力です。そこで、「多くの人が主を信じた。」(42節)ペトロが奇跡の力を持つことを信じたのではありません。「主を信じた」、主イエス・キリストを信じたのです。 私たちは、今日の出来事を、「タビタとキリストの物語」として聴くことができます。同時にまた、「キリストとわたしたちの物語」として希望をもって聴きたいのです。「主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。」(Tテサロニケ5:10)わたしたちが、この地上に生きている間も、死を経験してなお、主と共に生きるようになるためです。主イエスが再び来られる、来るべきその日に、主のみ声「起きなさい」という呼びかけと共に、私たちは目覚めて起き上がり、神の栄光の完全なる支配の中に生きる者となるのです。
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