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降誕節第5主日 創立100周年記念礼拝 説教 「種を蒔く」

日本基督教団藤沢教会 2018年1月28日








説教
古谷(ふるや) 正仁(まさよし) 牧師(日本基督教団蒔田教会)
【新約聖書】マルコによる福音書 4章1~9節
 1イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた。2イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。3「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。4蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。5ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。6しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。7ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。8また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」9そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。

「種を蒔く」
 ご紹介に与りました、蒔田教会の古谷です。本日は教会創立百周年の記念礼拝に、奉仕の場を与えて戴き、感謝しています。

 本日私どもに与えられた聖書のみ言葉、マルコ福音書4章1-9節は、皆様良くご存知のみ言葉です。8節に、「また、他の種は良い地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは30倍、あるものは60倍、あるものは100倍にもなった。」とあります。本日は皆様と、イエス様が語られる、「良い地とは何か」「種とは何か」「実りとは何か」について、み言葉を通して考えたいと願っております。

 この譬え話は、4章1節に示されるように、「群集に向かって」語られたみ言葉です。どんな群集でしょう。少し前の3章7節以下を読むと良く分かります。主イエスを押しつぶすほどに、強い求めや悩みをもった人々であり、「病気に悩む人々」「生活に疲れた人々」です。

 少し飛んで、4章13節以下を見てみましょう。そこには「種を蒔く人の譬え話」の説明があります。ここで私達が注意しておかなければならないことは、その解説を聴いたのは、4章10節が示すように、「12人の弟子達とその周囲の人々」だということです。つまり、「種を蒔く人の譬え話」を聴いた人々と、その解説を聴いた人々は、厳密に言うと違うということです。勿論、この譬え話がなされた時に、群集と共に「12人の弟子とその周囲の人々」もいたことでしょう。しかし、その解説は群集に向かってなされたものではありません。言ってみれば、対象の違い、というものがそこには存在するのではないかと、私は考えるのです。

 例えば、親は手伝いを子どもに求める時、小学生の子どもと中学生の子どもとでは、求めるレベルが違うでしょう。目玉焼きを作ろうとした母親が、子どもに「ちょっと卵を割って」と頼んだとします。それが小学生の子どもだったら、一所懸命卵を割ってくれたということだけで誉めるかも知れません。でもそれが中学生だったら、きれいに卵を割るとか、割った卵を入れる器を自分で用意するとか、小学生の子どもに求めるより、少し高度な事柄を要求するでしょう。手伝いを頼む子どもの年齢や成長の度合い、あるいは経験によって、母親が求めるものは違うのです。4章1節で譬え話を聴いているのは「弱り果てた群集」。4章13節でその譬え話の説明を聴くのは「主イエスの弟子達」。4章13節以下が示す事柄から、私達は長い間、「種を蒔く人のたとえ」を理解して来ました。そして「私達も良い土地にならなければ」と考えてきたのです。でも、それは正しいやり方でしょうか。その呪縛から自由になる時が来ているのです。私達は主イエスの弟子になろうと努力していますけれども、現実としては「弱り果てた群集」に近いのではないかと思います。主イエスが「良い土地になれ」と求められたのは、生活を共にし、将来の教会のリーダーにしようと育てていた弟子達です。「弱り果てた群集」に近い私達に求めておられるのは、「良い土地になれ」ということではないのではないのです。では、この譬をどう理解したら良いのでしょう。良く言われることですが、「当時のパレスチナの農業のやり方」を考えるということが、その答えに近づいて行く良い方法の様に思います。

 ではそれは、どんなやり方なのでしょう。効率を重んじ、律儀なやり方を好む、私たちの社会では考えられないやり方なのですが、この当時パレスチナの農夫は、大雑把に種を蒔き、その後で自分の畑、と思ったところの土をならすというやり方を取っていたというのです。ある人はそれを、「種の持つ力に信頼する農業」と呼んでいます。畑に落ちる種の割合は少なくとも、実りの力の大きさがそれを補う。「30倍、60倍、100倍」に実る力を持つ種が与える実りが、農夫の生活を支えていたのです。

 今、日本で農業を営む知人はある時私に、「品種改良によって、種の育つ力、実る力が落ちている。」と言いました。それが今の日本の農業の現実だそうです。この人は西瓜農家です。甘くて皮が薄くて縞がきれいな西瓜を作ります。それでないと売れないからです。科学者が何度も何度も改良を重ねて、今、私たちが食べる西瓜が出来上がりました。でもその結果、種は力が弱いのです。芽が出たら、直ぐかんぴょうに接木します。自分では育つ力がないからです。主イエスの時代のパレスチナの農業と、今の日本の農業は、180度違うと言えるかも知れません。効率は悪いかも知れませんが、私はパレスチナの農業のやり方に、魅力を覚えてしまうのです。

 主イエスは、庶民の生活、それも貧しさの中で苦闘する庶民の生活を良く知っておられました。ご自身でも、種を蒔き、収穫するという経験を持っておられたのでしょうし、「種の力に信頼し、畑に落ちる割合は少なくても、種の実る力が豊かな収穫を保障する。」その農業のやり方は、主イエスの目の前にいた「弱り果てた群集」にとっても、身近な話題だったのだと思います。主は群集に対し、「苦しいことはある。無駄骨に終わることもたくさんある。しかし神様は、屈せず豊かな実りを信じて、救いを与える力を持つ福音の種を、今日も蒔き続けている。」ということを、この人々にとっても身近な話題を通して、主は伝えようとされたのだと私は思うのです。

 今日は藤沢教会の創立100周年記念の礼拝です。この教会の創立は1918年。どんな年だったのでしょう?1914年に第一次世界大戦が始まり、日本の社会は大戦特需と呼ばれる一種のバブル経済に沸いていました。日本もこの戦争に加わったのですが、主戦場は遠く離れたヨーロッパ。安全な日本で作られる製品は、多少質が悪くても飛ぶように売れ、我が国に、にわか成金を多数生み出しました。そのような中で、一攫千金を夢見て投機的行動に走る人々も増え、米もその対象となり、「米相場」で一儲けしようと、売り惜しみが相次ぎ、結果として、米を求める人々が飢えから暴力的行動に走る「米騒動」が全国各地で起きました。その一つの原因はこのような社会現象に対する、政府の無策です。国民の不満を逸らそうと、時の政府は日本軍のシベリア出兵を行います。「勝った、勝った。領土が増えた」と騒ぎ立てることによって、延命を図ったのです。国全体が、自己中心的な生き方に支配されていた、といっても良いでしょう。そのような社会の動きと、教会を設立しようとした人々の動きは無関係だったのでしょうか? 私にはそうは思えないのです。愛するこの藤沢という地で、人間としての本当の生き方を福音の中に見いだし、社会の動きに逆らってその生き方を広めようとした人々が、この藤沢教会の最初期のメンバーの中におられたに違いないと、私は確信しています。

 さてここでもう一度、4章13節以下に注目しましょう。20節「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。」御言葉を聴いて、受け入れた人たちが30倍、60倍、100倍の実を結ぶのは、自分達の努力ですか? 否!そうではありません。福音に支えられて、神様の導きの中で生き、共に働いて下さることの希望の中で、弱く、小さな者ではあったとしても、何とかして、神様に喜ばれる生き方に近づこうとする生活の中で、この人々は実りを見いだしたのです。神様の働きが、神様の力が、福音の持つ豊かな実りを生み出す力が、この人々に実りを与えたのです。この教会に生きた信仰の先輩のお一人お一人も、そのような歩みに生きたのではないか、と私は思います。

 昔、私の前任者である今橋 (あきら) 牧師から聞いた話を、ここでしたいと思います。昔々、ある横浜のキリスト教主義学校に、独りの頑固な職員がおりました。学園長である宣教師が、せっかくこの学校に来たのだからと、彼に聖書を贈りました。しかし、再三の勧めに関わらず、彼は頑として聖書を開かないのです。宣教師は粘り強く福音を証し続けました。するとある日、彼は贈られた聖書を縄で幾重にも縛って、学園長のところに持って来たのです。そして、「先生、私は耶蘇が嫌いです。絶対に聖書は読みません!」そう言って帰って行きました。しかし宣教師は諦めないのです。彼女なりに精一杯、キリスト者として誠実に生き続けようとしました。口を出さなくても、自分が信仰者としてベストを尽くせば、その生き方が頑なな彼を必ず動かすと信じたからです。福音の持つ力に信頼して、神様に助けられながら、彼に無言のメッセージを送り続けたのです。長い年月が経ったある日、彼は宣教師の前に、以前と同じように縄で括られた聖書を持って来ました。そして言うのです。「先生には負けましたよ。」彼は自分で縄を切り、聖書を読み始め、やがて信仰を持つようになりました。頑固一徹の耶蘇嫌いが、筋金入りのキリストの僕の一人として、ささやかではありましたが、本当に大切な働きを積み重ね、学校と教会を支えていったということです。

この教会にも、おそらくこれに類する伝説が、伝えられていることでしょう。どんな社会にも、どんな教会にも、どんな家庭にも、神様は福音の種を蒔いて下さるからです。どんなに不毛に見える土地にも、福音の種の力を信じて、神様は果敢に種蒔きをなさるのです。私達も、福音の種の力を信じて、その力を邪魔しないようにさえしていけば、必ず、豊かな実りをそこに、私達は見いだすことが出来ます。神様がそれを与えて下さるのです。それが良い土地になるということです。福音の種の実りを邪魔しない土地とは、出来得る限り、福音に従い、忠実にそれに生きようとする生き方によってもたらされます。神様が私達を良い土地にして下さるのです。神様だけは、その力をお持ちです。私達の弱さや頑固さを遥かに越えて、神様は御自分の計画を成し遂げられます。その力を信じて、精一杯従おうとする私達でありたいと思います。

祈り




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藤沢教会創設の由来